思いやりで疲れる理由|DoingとBeingで見る2つの優しさ

思いやりで疲れる理由|DoingとBeingで見る2つの優しさ
くりちゃん

思いやりを大切にしている方も、人に優しくしすぎたり、気を遣いすぎて疲れを感じる方も、みなさんこんにちは。

突然ですが、みなさんにとっての「思いやり」ってどんな形ですか?

人によって思いやりの形は違いますが、これまで無意識に、

だと思っているところがありました。

私にとってはそれが自然で、実際とても大切なことだと思います。

ただ、その関わり方って、気づかないうちにかなりたくさんのエネルギーを使っていたな、とも感じていて。

しっかり聴こうとしたり、寄り添おうとしたりするほど、気づかないうちに、少し力が入っていたり、集中力をものすごく使う感覚がありました。

もちろん嫌でやっているわけではないのですが、それが続くと、エネルギー切れになることもあったんですよね。

今回は、そんな私が気づいた「疲れにくい思いやり」について、少し整理してみたいと思います。

〈 もくじ 〉

「疲れにくい」思いやりって?

静かな海辺と青い空が広がる風景|広い空と海を眺めながら心をゆるめる内観の時間をイメージした海辺の景色

そんなふうに思いやりを捉えてきた私ですが、最近まったく違う形の「思いやり」に触れる機会がありました。

それは、多くを語らず、過剰に踏み込まず、ただこちらの状態をそのまま尊重するような関わり方でした。

不思議なことに、そこには共感の言葉がなくても、安心や信頼の感覚がしっかりあったんです。

むしろ、何かをしてもらっている、というより、ただ「そのまま扱われている」という感覚に近いものでした。

それを私は、その人の「思いやり」として捉えました。

加えて、自分がその思いやりの示し方をするところを想像してみたら、とっても体がスッと落ち着く、すごく楽だな〜という感覚を覚えたんです。

気づいたのは、もしかすると「思いやり」はDoingとBeingの側面があるのかもしれない、思いやりの示し方にも「疲れやすい関わり方」と「疲れにくい関わり方」があるのかもしれない、ということでした。

📚 この「そのまま扱われる」体験について書いた記事はこちらから

DoingとBeingで見る「思いやり」

ここからは、「思いやり」をDoingとBeingという視点で整理してみたいと思います。

簡単にいうと、

です。

私が表現していた思いやりは、相手に寄り添おうとする意識や、理解しようとする働きが強いぶん、どうしてもエネルギーを使います。これは、Doingの思いやりと呼べそうです。

一方で、相手を尊重し、そのままの状態に余計な判断を乗せないような「在り方」がベースにある思いやりは、何かをするというより、ただ「そう在る」だけで成り立っているような感覚でした。これは、Beingの思いやりと呼べそうです。

📚 先にDoingとBeingの違いについて知りたい方はこちらで読めます

Doingの思いやり

Doingの思いやりは、外側に向けて、行動や言葉で示される思いやりです。

ここで言うDoingは、相手に何かをしてあげたり、助けたり、言葉をかけたりするような「目に見える行動」だけでなく、「相手に伝わる形に整えるための内側の働き」も含めています。

例えば、

  • 相手に合わせる
  • 理解しようとする
  • 言葉を選ぶ
  • リアクションを調整する

こうした関わり方には、思考を使ったり、注意を向けたり、自分の内側の状態を調整したりする働きも含まれます。

目には見えないけれど、こうした無意識の細かな調整が積み重なることで、少しずつエネルギーを使っているのかもしれません。

Beingの思いやり

一方で、Beingの思いやりは、Doingよりもエネルギーが使われにくい思いやりです。

何かを積極的に“する”というより、必要以上に介入せず、ただ静かに在ることに近いからです。

  • そのままを見る
  • 状態を受容する
  • ジャッジしない
  • 急かさない

これは、必要以上にコントロールしない状態です。

何もしていないのではなく、「余計なことをしていない」といった感じでしょうか。

Beingは「どう在るか」という土台の状態ですが、思いやりとして表れるときは、受容や尊重の姿勢に近い形になることが多いのかもしれません。

すぐに否定したり、無理に肯定したりせず、良い悪いで判断しない。

だからこそ、結果的に「押しつけない関わり方」に近づいていく。その上で、本当に必要なDoingだけを選ぶ、という関わり方もできるのだと思います。

伝わりやすいDoingと、深く届くBeing

青空と白い雲を見上げる木々の風景|木々の間に広がる空を見上げながら思考をほどく自己対話の時間をイメージした自然の景色

私たちの社会では、Doingの思いやりの方が評価される傾向があります。

それは、Doingの方が行動として目に見え、分かりやすいからではないでしょうか。

相手がいる場面では、伝わりやすい方を無意識に選ぶのは自然なことで、そのためDoingに偏りがちになるかもしれません。

一方で、Beingの思いやりは、伝わる人にはかなり深く伝わるけれど、Doingのように分かりやすくは伝わりにくい特徴があります。

例えば、急かさない、ジャッジしない、飲み込まれない、そのままの人として扱う、といった空気や態度の質として表れることが多いからです。

くりちゃん

それが伝わるには、受け取る側にもある程度、感受性があったり、非言語の情報を受け取る余白が必要かもですね〜

そしてこうした在り方は、「思いやり」という言葉で認識されるとは限らないんですよね。

むしろ、「なんだか安心する」「この人の前だと自然でいられる」「信頼できる」「ちょうどいい距離感」といった体感として、先に受け取られることの方が多そうです。

Beingの思いやりは、伝わらないわけではなく、わかる人にはときにDoingより深い体感として残ることがあるのだと思います。

同じDoingでも、疲れ方には違いがある

周りを見渡すと、Doingの思いやりを自然にたくさんできているような人もいますよね。

外からは同じに見えるかもしれませんが、こんな人たちがいそうです。

一見「たくさんできてる人=すごい・素晴らしい・正しい」に感じられますが、実は、どういう状態でやっているかが本質だと感じています。

もし、優しくしたいけど疲れてしまう感覚があるとしたら、一度Beingに目を向けてみるとよいのかもしれません。

📚 「Beingを整えるヒント」についてはこちらの記事がおすすめです

まとめ|DoingとBeingを組み合わせる

雲が広がる空と緑の丘の風景|広い空を眺めながら心をゆるめる内省の時間をイメージした自然の景色

ここまで、「疲れにくい思いやり」について整理してきました。

思いやりには、DoingとBeingの側面がある。
どちらも大切です。

そのうえで、DoingとBeingの組み合わせを自分なりに調整していくこと。

それが、思いやりを大切にしながら、自分のエネルギー残量とうまく付き合うヒントなのかもしれません。

ということで、ここまで読んでくださりありがとうございました。

また次回の記事でお会いしましょ〜🍵

〈 今回の記事のまとめ 〉
  • 思いやりには、DoingとBeingの2つの側面がある
  • Doingの思いやりは、伝わりやすいぶんエネルギーを使いやすい
  • Beingの思いやりは、見えにくいけれど深く届くことがある
  • 同じDoingでも、疲れ方は人によって違う
  • DoingかBeingのどちらかではなく、両方を調整していくことが大切
  • 自分に合った思いやりの形を知ると、少し楽になれるかもしれない
potted_plant

くりちゃん

ブログ・自己対話セッション運営
神奈川県出身、現在は韓国在住。
ブログ「こころの時間」を毎週土曜9時に更新中。

プロフィール写真
プロフィール写真

くりちゃん

ブログ・自己対話セッション運営
神奈川県出身、現在は韓国在住。
ブログ記事「こころの時間」など
毎週土曜9時に更新中。

🌱やさしく整理する時間がほしいときは。

タロットでも、対話でも。
いまのあなたに合わせて、一緒にこころを“整える”お茶の時間をつくります。

🍵お茶がエネルギー源

このブログは、くりちゃんの静かな探究と執筆から生まれています。もし、この場所や記事が「いいな」と感じてただけたら、一杯のお茶が活動の支えになります。

よかったらシェアしてね
  • URLをコピーしました!
〈 もくじ 〉