みなさん、こんにちは〜🍵
突然ですが、日日是好日(にちにちこれこうじつ)という映画をご存知ですか?
お茶の先生役として、樹木希林さんが出演されている2018年の映画です。
原作は森下典子さんのエッセイ。
20年以上通った茶道の教室での気づきが散りばめられていて、日常とお茶のシーンを旧暦の節目に分けて、淡々と見せていくスタイルでした。
タイトルの「日日是好日(にちにちこれこうじつ)」は、中国の禅の言葉だそうで、文字面だけ見ると「毎日が好ましい日」「毎日が良い日」という意味に捉えられます。ただ、映画を観ていくうちにその”本当の意味”が分かっていきます。
特に何か大きなドラマがあるわけではなく、静かで穏やかな映画なのですが、しっかり号泣しました。
このブログが好きな方には、結構刺さりそうです。
このブログにも「お茶」が入っていますし、お茶つながりで、今回はこの映画を観て感じたことを、映画のシーンとともに振り返ってみます。
茶道を通して描かれる「今を生きること」「感覚に戻ること」「受容」。
静かな映画の中で生まれる気づきを、自分なりの視点で綴ってみました。
※ 少しネタバレを含みます。読んでから観ても、観てから読んでも楽しめる内容だと思います。
① 噛み合わないふたり|心と現実

まず少しだけ、あらすじと背景を。
主人公の典子は二十歳の大学生で、同じ年の美智子という従姉妹がいます。ふたりはひょんなことから、ほぼノリで一緒にお茶を習いに行きます🍵
舞台は1993年なので、バブルが弾けて、ちょうど就職氷河期に入る頃。
典子は優しそうでおっとりしている感じですが、美智子は対照的にシャキっとしていて現実派です。
従姉妹の美智子は大学卒業後は商社に入り、数年で見切りをつけて退職、地元でお見合い後、開業医と結婚。出産して母親になり家庭に根を張り生きていきます。
一方で、典子はまだやりたいことがよくわからず、結局就職はせずに出版社でアルバイトを始めるのですが、この美智子のスピード感と、典子のゆっくりペースの人生の対比が前半に描かれています。
海辺のシーン|「うん、それで?」
私が特に印象的だったのは、まだお茶を始めたばかりの大学生のふたりが、江ノ島の浜辺で話すシーン。
典子が「道」という映画について語り始めます。
「子供の頃に見ても全然意味がわからなかった映画をこの前久しぶりに見たら、すっごいいい映画だった。この映画で感動できない人生、もったいないと思ったくらい!」と典子が興奮した様子で、嬉しそうに話します。
それに対して、美智子が複雑そうな顔をして「……うーん…….それで?」と返します。
典子は困惑した様子で「……それで笑?」と聞き返す。
美智子「うん、それで?」
答えられない典子。
二人の間に沈黙が流れます。
「もしかして、お茶ってそういうものだったりして。….あんたお茶好きでしょ。」と美智子。
この”感動”という「内側の反応や気づき」自体に価値を置いている典子と、「で、それ、何かになるの?」と言う現実的な視点の美智子。
この噛み合わなさ、お互い理解できない感が、人と人の感覚や前提の違いを、さりげなく象徴していて。どちらが正しい正しくないではなく、淡々とそういうものとして描かれているのがリアルで良いなぁと思いました。
🌱 感覚で生きるということ
② 頭で考え、意味を探すわたしたち|感覚に戻る

お茶の教室に通い始めた典子と美智子ですが、茶道には作法があり、色々と決まりごとが多いことを知ります。
樹木希林さん演じる茶道の先生が、動きを見せながら一緒にやってみるのですが、「なんのためにそれをするのか?」を理解したいふたり。
先生は「とにかくこうするの」「お茶はまず形なのよ」「何度もやれば体が覚えるから」とほとんど説明しません。
稽古の後、どうしても「やる意味」を知りたい美智子に対して、「なんでも頭で考えるから、そういうふうに思うんだね」と、先生はふふふとやさしく笑います。
ここに、禅の視点のようなものを感じました。
例えば瞑想も、思考から少し距離を取り、体の感覚や呼吸に意識を戻すことを大切にします。
その点で、茶道と瞑想は似ていますね。
頭で理解するよりも、繰り返し体で覚えていくこと。
これも、「今」に意識を戻すための方法のひとつなんですね。
茶道だけでなく、「道」がつくものは、鍛錬していくうちにきっとこういう感覚を呼び起こすのだろうなと思いました。
③ 季節を感じる|今に集中する

夏のお手前を数ヶ月習ったふたりですが、冬になると冬のお手前が始まります。
面白かったのが、一旦夏に習った作法はまだ完璧に習得していないのに、全然違う冬の作法を新たに学ぶというところです。
「え、せっかく習ったのに忘れちゃうのでは?」と私も思いました。
典子も同じことを疑問に思います。
でも先生は「いいのいいの、前の季節のことは忘れて。冬は冬のお茶に集中するの。」と言います。
そこでハッとします。
これは、未来過去ではなく、まさに「今」に目を向けるためなのだと。
何かを勉強したり練習するときは、習得するまで一貫してやることが多いですよね。
でも、茶道はある意味で、その概念を壊します。
その季節には、その季節に集中する。
そして同時に、お茶を「会得する」には長い年月がかかることも示唆されます。
季節を重ね、年月を重ね、粛々と茶道を続ける。
その中で典子はだんだんと「今ここにある」ことを体得していく様子が描かれます。
④ 典子のご両親|受容がある環境

ちょっと別角度ですが、この映画で印象に残ったことのひとつは、典子のご両親の存在です。
やりたいことがわからないまま就職は諦めて、大学卒業後は、アルバイトを始める典子。
その後もなかなか正社員として就職できないのですが、結局当時はまだ新しい働き方だったフリーライターに落ち着いていきます。典子は自然と30歳あたりで家を出ることにしますが、ふと、典子の両親が素晴らしいなぁと思いました。
それは両親の「受容」の態度です🌱
典子を急かすわけでも、「そろそろ〜しなさい」と言うわけでもなく、典子がどうしたいか分からない曖昧な状態をそのままOKとしている。
娘を信頼して、選択を任せている。
同時に、家という居場所をしっかりと提供している。
確証がないまま揺れながらも、典子が感性を大事に、自分の内側の感覚に沿って生きられたのは、この環境が大きかったのではないかなと思いました。
多くは描かれていませんし、見えないところではどうだったのか分かりませんが、映画の後半で典子がお父さんにかける言葉からも、そんなふうに感じました。
🌱 自己受容とは?
⑤ 日日是好日(にちにちこれこうじつ)|今を生きる

典子が長く茶道教室に通う中で、だんだんとお茶の時間に「気づき」が起こり始めます。
沸かしたお湯と常温の水では、滴るときの音が違うこと。
掛け軸の文字を頭で読まず、絵のように眺めると、情景を感じられること。
幼い頃の感情が、時折蘇っては消えていくこと。
外の大雨の音を全身で聴くこと。
悲しい時は、思う存分悲しいと感じるといいこと。
これは、まさに「今ここ」にあって、「そのままの自分」と繋がっている状態だなぁと思いました。
風や雨の音も、雪の寒さも、夏の暑さも。
嬉しさも、悲しさも。
五感を使って、全身でその瞬間を味わう。
そして、典子は気づきます。
日日是好日とは、そういうことだったのか、と。
「今しかない今」を味わうことだと。
まとめ|あなたにとっての「お茶」の時間

ここまで、映画のシーンを振り返りながら、感じたことを綴ってみました。
典子に起こったことは、実は他の「お茶」の時間でも起こり得ます🌱
それは、その人の「道」にあるのではないかなぁと、勝手に思っています。
たとえば、楽器を弾くことかもしれないし、料理かもしれないし、散歩かもしれないし、仕事かもしれない。
実はあなたが「すでに続けていること」かもしれません。
皆さんにとっての「お茶の時間」は、なんでしょうか?
それでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。
素敵な感性の映画に出会えたことにも感謝です。
原作もぜひ読んでみたいです。
もし、もう観たという方がいらっしゃったら、感じたことをよかったらコメントで教えてください。
また、次回の記事でお会いしましょ〜🍵
🌱 禅の教え十牛図
🌱 内観と内省
🌱「そのままの自分」をBeingという視点で見てみる
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